2011年12月9日金曜日

最近のこと&著書が出ました

そろそろ復活しなくちゃなあ…と思い続けて放置しっぱなしなこのブログ。
帰国してから丸二年近く経過しているわけで、身の回りの状況はいろいろと変わっています。
なんせ右にあるプロフィール欄は「29才」のままだけど、もうじき32才になりますからね。

旅人から再びフリーライターの立場に戻り、毎日楽しく仕事をしているぼくですが、
ここ最近の一番のトピックはライター業10年目にして初の単著(単行本)を出せたことです。
ジャンルは意外にも「ビジネス書」の棚に置かれるようなものではありますが、 内容はいたってゆるやか。
ワリと上から目線なものが多い類書と違って、徹底的に弱腰で攻めるというスタンスを貫いています。


「なぜかライター業界で生存できている著者が、海より深い反省と
ともに繰り出す“すごい下から目線”の時間管理指南書!」

もともと日常的にスケージュル感覚が破綻していることに定評あるぼくが、
その悩みを克服すべく七転八倒する不思議な時間管理指南書。
日頃お付き合いさせて頂いている多くの編集者の皆さんから
「これは何の冗談ですか?」という総ツッコミを受けつつ、 好評発売中です。
(ちなみに、一番のみどころは各方面からコメントを頂いたカバーの帯です)

実は発売一カ月ほどですでに重版をしておりまして、
そこそこ読んでもらえているのが心底嬉しい今日この頃です。

などと仕事の告知をするだけじゃアレなので、もうひとつ何か書きますと、
もはや読者の皆さん誰一人として覚えていないであろう、
ぼくの南米縦断旅行記の書き残し分モロモロについては、
いつかきっと書きます! と決意を新たにした所で、
近日中に新しいブログを立ち上げたりしたいなあと思ってる所存です。
その折にはこちらでご報告します。
新年にはスタートさせたいですなあ。(どうかなあ)

2010年1月15日金曜日

おかえり会はゴールデン

ゴールデン街の韓国料理屋にて開催中。おもえば旅中に食べたなかでも、韓国料理が一番うまかったのですよ。

2010年1月14日木曜日

仮住まいできました

帰国から一ヶ月、ようやく住所不定から脱して、住まいがきまりました。場所は新宿御苑からほどちかいあたりです。ついさっき到着して、荷物を降ろしたところ。


住まい、といっても多国籍なシェアハウスなので、新しい宿についた感がありすぎというか、まだまだ旅が続いてるような感じになってますが...。

ま、おいおい慣れるでしょう。別に慣れなくても良いでしょう。

明日は新宿でお世話になっているみなさんたちが「おかえり会」を開いてくれるのでした。ありがたいことこのうえない。土産を大放出して恩にむくいます。

2009年12月16日水曜日

帰ってきましたよ

つ、つかれた……。すべてを終えて成田のそば屋にかけこみ、半年ぶりのざるそばで一息ついたとこです。

たったいま、ブログは世界中のみんなが見てるってことを思い知らされてこわいやらおかしいやら大変だったんですが、そのへんは落ち着いてからあらためて書きます。マジで。

旅の書き残しネタも順次アップしていくので、まだまだお付き合いお願いします。あとみなさん、忘年会のお誘いもお待ちしてます(笑)。

2009年12月15日火曜日

これで最後。続きは日本で

というわけで、スタバ店員にじわじわ退店を促されてまして(笑)、現地更新はこれで最後となります。


さらばだぜ、中南米。

たぶんメキシコで一番きれいなグアナファト

メキシコ・シティとグアダラハラ、メキシコを代表する二大都市のちょうど中間に位置するのが、学園都市グアナファトです。わずかに3~4都市しかメキシコを廻っていないぼくですが、あえて言い切りましょう。グアナファトはメキシコで一番きれいな街です。


この街のメインコンテンツ、グアナファト大学。外国からの語学留学生を積極的に受け入れていることで有名で、欧米や日本からスペイン語を学びにくる学生がたくさんいます。地元民もメキシコにしては白人系が多く、街並みはヨーロッパ風。


この街の中心部は本当に狭くちいさく、まともに車が通れる道はグネグネ曲がりくねったメインストリートが一本あるきり。この大通りに有名な教会、劇場、大学などめぼしい施設が全部集まってます。これ以外の道は全部「路地」といってもいいほど。


それでどうやって10万人以上の人口が生活しているかというと、はるか昔に作られた地下道が、街中を縦横無尽に張り巡らされているのでした。バスやトラックだけでなく、徒歩の地元民たちもこの地下道を通って神出鬼没に移動します。


丘のうえから街を見下ろす。これだけこじんまりとしていて、安全で、過ごしやすくこぎれいな街は中南米広しといえどほとんどなかったです。そりゃ学生も集まります。


グアナファト人形。民族衣装のデザインはやっぱりグアテマラに似ています。でも本物着てる人いなかった。


たまたまサーカスが来ていて、動物をぞろぞろ引き連れて大通りでアピールしてました。牧歌的な肩車風景。


夜の広場もきれいでよろしい。カフェもレストランも、ローカル臭がほとんどしません。疲れてたぼくにはありがたくて、毎日スパゲティを食べる。


日本食カフェで眺めていた「ナショナルジオグラフィック」の旅行別冊にて気になった記事。タイトルは「Como viajar con Twitter?」(Twitterと旅するには?)。いろんな使い方があるようで。

ちょっとスライド。やや高地で気候もいいし、快適さでもメヒコNo.1ではないだろうか。




さあ、そろそろスタバが閉まりそうです。

オアハカでは、ただコーヒーを飲む

ただいま12月14日の19時ジャスト。メキシコシティにたくさんあるスタバのうちの一軒で、ようやくネットに繋げました。翌朝4時には空港に向かい、帰路便に乗り込むというギリギリの状況です。とりあえず出来るところまでメヒコの記事を書いていこうぞ。

さて、リオ→メキシコシティに飛んで、最初に向かったのがメキシコ南西部にある小都市オアハカです。テキーラに似た地酒「メスカル」や、「モーレ」というチョコレートソースを使った郷土料理が有名な町で、それ以外には別になんにもありません。しいていえば世界遺産の宗教建築がありますが、ぼくが到着したときにはそこら中の道や建物が改装工事をしまくっていて、町中が穴だらけ。風情もあんまりない状況でした。

しかも、この時期ぼくは「最後の国に着いちゃったよ」という感慨とともに疲労感で身体がガクンと動かなくなるという、ランナーズハイならぬトラベラーズロゥな症状に陥っていて、町を歩くのもかなりおっくう。さらにメヒコの西側ってグアテマラにそっくりで、既視感ありすぎなのです。アメリカ+グアテ=西メヒコなのです。

なので、4日もいたのに本当になにもしませんでした。唯一熱心にしたことといえば、宿の隣のこぎれいなカフェでコーヒーを飲むことだけ。


町の名前が冠された「カフェ・オアハケーニョ」という一杯。これが尋常な美味しさではなくって、毎日3杯飲んだあげく店主にレシピも聞きました。いわく、コーヒーにシナモンスティックを砕きいれ、そこに町で作っている「赤砂糖」をひとかけら入れるんだとか。


メキシコだから当然ごはんはタコスです。毎日タコス。まずくないけどうまくもないです。でもそれしかないから食べる。モーレ料理はなんとなく食べずじまいだった。


町の中心には、クリスマスの花であるポインセチアがしきつめられてました。こっちでは「ノーチェ・ブエナ(聖夜)」と呼ばれてるらしく、いま時期はどの町もこの花で飾られてます。


はためく国旗シリーズ。


異様に細かい装飾が珍しい教会。すごいけど細かすぎてちょっと気持ち悪かった。


なにかをうったえていた女覆面レスラー。といっても本当はレスラーじゃないので、正しくはただの覆面女だ。

ちょっとスライド。




さて、30時間後には日本にいるはずです。